伊豆の国

文章: Daisuke Yano | 写真: Brian Vernor, Shu Takenouchi, Kei Tsuji | 日付:

WORDS: Daisuke Yano | PHOTOS: Brian Vernor, Shu Takenouchi, Kei Tsuji

「秋色に染まった渓流が、穏やかな流れを作り出している。その渓谷に沿って、ライダーは少しずつ高度を上げて行く。行き着いた伊豆スカイラインは、ヨーロピアンスポーツカーや1000ccのモーターバイクが爆音を轟かせる場所。伊豆半島西部の稜線を繋いだそのルートは、まさにジェットコースターのようだ。荒れ地に根を張る低木や笹の葉が、強風に煽られて不気味な音を立てている。遠吠えにも似たその音を切り裂くように、ライダーはペダルを踏み込む。そこからはハイスピードな下りと、地面に這いつくばりたくなるような登りの繰り返し。沿道の標識は、標高900mを示す。今日は一体どれだけ登ったんだ?しかもまだ登りは終わりそうにない」- ヴィンセント・フラナガン

今から遡ること400年、そう、徳川家が日本を統一していた時代の話。江戸城築城に際して、石垣に用いる巨石の需要が高まった。そこで白羽の矢が立ったのが、伊豆半島北部で採掘されていた小松石。箱根の火山活動が作り出したその硬度の高い銘石は、大名の手によって切り出され、30年に渡って重さ10トンの巨石を江戸に送り続けられた。輸送に失敗した巨石は、築城に災いをもたらす凶兆であると見なされ、その場所に放置された。伊豆半島を走ると、今でもそんな巨石に出会うことがある。

今日冬の伊豆半島に向かうのはサーファーぐらいだ。経験あるサーファーならば、波を求めて半島南部の下田付近まで脚を伸ばす。夏が来れば、南の白いビーチには多くの海水浴客が集結する。最高のバケーションスポットとは言えないが、東京から100kmという利便性の良さが売りだ。

それらの観光地までは2本のハイウェイが誘ってくれる。1本は山の中を、そしてもう1本は海岸線を走っている。家族の増加に伴って2ドアスポーツカーからファミリーバンに乗り換えた人、もしくは夏のドライブデートを楽しむカップルの殆どが海沿いのルートを選ぶ。運転手は決まって“短距離走”に長けた男性ドライバー。休憩スポットの多さから、海沿いのルートは助手席の女性にも好評だろう。後部座席の子どもたちも、車載テレビでディズニーの映画が流れていれば、大人しく座ってくれるはず。カップルに関して言えば、彼らはただ隣同士に座っていればそれで幸せだろう、少なくとも結婚の話題が出るまでは。メガロポリスの住人は、そうして苦痛なドライビングを耐えている。

伊豆半島において、平坦路はビーチに面した海岸線に限定される。ビーチの間に割って入るのは小さな岬。岬の度に道は少し山の方へ入り、そして小さな岬を繋ぐビーチへと再度抜ける。そんなインターバルが半島を取り囲んでいる。内陸に脚を踏み入れれば、そこは全て山道。うっそうとした木々に覆われ、わさび農家と狩猟者が使うような道しか無い。あとは半島の背骨を縫うように作られた伊豆スカイライン。標高1000m級のスカイラインを外れると、海まで転げ落ちるようなダウンヒルが待っている。

Part1 – 海岸線

朝の冷たい空気を頬で感じながら、短いダウンヒルを経て伊東駅に到着した。特急が停車するこの駅を出て左に行くと、太平洋はもう目と鼻の先。海の香りを感じながら、まずは国道135号線を東に向かう。交通量の多い国道をルートに入れるのはどうにも気が引けるが、この先すぐ脇道にそれることを他のライダーに言い聞かしてその場をしのぐ。波音とともにやってくる海風に心地よさを覚えながら、サバの仕分け作業を行っていた魚市場で脚を止めた。まだまだスタート直後でペースも上がっておらず、少し立ち寄っても誰も文句を言わない。伊東の漁港には400kgのマグロは水揚げされないが、近海で穫れたアジやサバが豊富に並ぶ。どこか別の海域で捕獲され、水揚げされた場所で価値が決まるようなブランド志向の市場ではない。

国道135号線を離れ、ますます海を近くに感じる脇道に入る。ここから城ヶ崎までは、海岸線に沿って登りと下りを繰り返す起伏に富んだコース。この付近一帯には数多くの噴火口が点在しており、かつての活発な火山活動が現在の地形を作り上げた。海岸線に達した溶岩を迎え撃ったのは、太平洋の荒波。浸食作用によって深く削り取られた急峻な崖が海岸線を形成している。その荒々しい岩に挑むのは、ロッククライマーと釣り人たちだけだ。ライダーはそんな景色を横目に、幾つもの登りと下りをこなしていく。

波は押し寄せては戻る。まだまだフレッシュな脚がクランクを心地よいペースで回し続ける。太陽はまだ低い。観光客は朝ご飯をほおばっている頃だろう。2日前に辛い思いをした 瑞牆山 が、遠い昔のことのように感じる、美しい晩秋の朝だった。

海沿いの崖にへばりつくように作られた漁村を抜け、立派な灯台と観光客向けの吊り橋が架かった城ヶ崎に到着。そこに引き締まったシングルトラックがあったことを記憶していたので、皆を引き連れてトロピカルな植物が覆う林の中へと入って行く。スムーズと思った記憶はこんな物だったのか。たしかにマウンテンバイクであったことで実際の路面状況はつかめていなかったのか、予想以上に振り回される。まぁ、パナレーサーはそんなことで音を上げたりしないが。

城ヶ崎を離れ、太平洋に別れを告げて、ライダーは内陸部に向かった。

Part2 – 国士峠

海岸線を離れるときに急な登り坂はつきものだ。伊豆スカイラインの登り口に到達するまで、幾つかの登りをこなすことになる。路面がアスファルトからコンクリート舗装に変わると、途端にケイデンスが30rpmまで落ちる。急勾配の登りが決まってコンクリートなのは、アスファルトを圧して固めるロードローラーが機能しないためだ。ハンドルにしがみつくライダーの横を、ディーゼルバスが煙を巻き上げながら加速していく。その姿はまるでロケットの発射風景。トルクに乏しい日本車はエンジン回転数を7000rpmまで上げて急坂を乗り切っている。ライダーはただひたすらペダリングに力をこめる。だがフロントホイールは行き場を探して左右に振れる。その瞬間、腰をサドルに固定するなんて芸当は不可能に思える。

海岸線を離れ、内陸部に向かうに連れて観光客の姿が減って行く。進行方向にオフロードの林道を見つけたので、地図で確認して迷わず突っ込んでみる。どうやら奥野ダムに続く林道のようだ。極地でもないのにこれほど雰囲気のある林道は珍しい。立ち止まって耳に入ってくるのは、岩を舐めるように流れる水音。ラインを読み、荒れた路面をスムーズに駆け抜けて行く。ラフであってもタイヤと路面の接地音だけが耳に入ってくる感覚は、追い風に乗って50km/hで巡航しているときのそれに近い。パンクの犠牲者は渡辺だけだった。

この日最初の登りが奥野ダムを過ぎてやってきた。つい先日まで有料道路だった快走路だ。自転車の通行料金は確か50円だったと思う。料金所にはいつも初老の男性がポツリと立っていた。彼にはライダーの姿さえ数少ない気晴らしだったのか、手を軽くふるだけで素通りさせてくれていた。葉を落とした桜の木々に見守られながら県道12号線を進み、県道59号線で国士峠のアプローチに差し掛かる。絵に描いたような日本の原風景を抜けて行く。

山に覆われたこの一帯にはわさび農家が点在している。もう国士峠は近い。春には沢山の花粉をまき散らすであろうスギの木に覆われたこの峠は、緩やかなカーブを描いて高度を上げる。美しいダウンヒルを思い描きながら登りに向かうライダー。しかし前に現れたのは無情にも「土砂崩れ 通行止め」の看板。迂回路として通った峠道は記憶に残る様なキャラクターもなく、しかも早々に国道414号線に出てしまった。

湯ヶ島温泉まで、特に面白みのない国道をひた走る。迂回で時間をロスしたため、コンビニで食料を調達。背中のポケットに詰め込んで再スタートを切った。伊豆半島東部に大きな登りは無いが、小さな登りと下りの繰り返しにライダーたちは苦戦していた。インターバルは予想以上にライダーのエネルギーを奪い取る。これから挑むのは半島西部に広がる雄大な山岳地帯だと言うのに。

Part3 – 西伊豆スカイライン

湯ヶ島温泉を過ぎると単調なルートだ。標高900mまで、ただひたすら高度を上げる作業にかかる。山脈の尾根を縫うように走る伊豆スカイラインは、きっと冷たい風が吹き荒れていることだろう。だがそこに至るルートは、登坂距離が12km、標高差にして600mの登り。忘れ去られたような鉱山を過ぎると、本格的な登りが始まった。

平均勾配は7%だが、実際の勾配は10%を超えているはず。ただ一人コンディションの良さを見せる内池がパワフルなペダリングで飛んで行く。小俣はいつも通りの軽いペダリングでヒョコヒョコと身を揺らしながら進んでいる。彼らが視界から消えようとも他の3人は気にしない。そこに会話が生まれる気配は無い。アイコンタクトで全てを察する。

オーバーヒート気味で登りを終えたライダーを待っていたのは、左右に大洋を望む伊豆スカイラインの雄大な景色。早くも本格的な冬の到来を告げるかのような、冷たさに芯のある風が吹き付けていた。尾根には腰の高さほどの笹しか生えておらず、海で水分を含んだ強風が容赦なくライダーを襲う。まだ気管支炎から完全に復活していないヴィンセントは、堪らず風の窪地に逃げ込んで難を逃れている。ここでは誰の後ろを走ろうが、スリップストリーム云々の常識は通用しない。下りでもペダリングを休むと途端にスピードが落ちる。海が作り出した冷たい風は、波のように寄せては退いた。

下りでも内池のスピードは冴えていた。ペースが合致した小俣と自分は、突然の横風に大きく振られながらも、寄り添って下りを進む。次の登りは名も無い峠だが、今回のルートの最高地点。疲れた脚は悲鳴を上げ始めた。

豪快なダウンヒルを終えて戸田峠の交差点に到着。そこでは寒さに震える内池が一人待っていた。皮肉にも、メンバーの中で最も脚を余し、真っ先に下りを終えたご褒美が、寒空の下の放置プレイ。さすがに可哀想に思えた。その数分後、ヴィンセントが低空スタント飛行を終えてやってくる。元プロマウンテンバイクライダーのヴィンセントにとってこんな下りは朝飯前。高速ダウンヒルが彼に火をつけた。

Part4 – ダウン・トゥ・オーシャン

戸田峠からは東海岸の宇佐美に向けて半島を横断。ちょうど中間地点に位置する修善寺までは、高低差800mの凍えるダウンヒルだ。スムーズな路面と連続カーブは、この日のハイライトの一つになる予定だった。しかしカラダは強張り、指先は寒さで痺れ、ブレーキングも疎かになってくる。リズムを掴めないまま油断してコーナーに突っ込むと、思わずラインを外してヒヤっとする。ここは攻めずに安全に行く。リスクを背負う必要は無い。標高が下がるとともに気温は上昇。修善寺が近くなると、寒さは幾分和らいだ。暖かい人里まで降りると、ほんの数分前まで凍えていたダウンヒルの苦痛は忘れ去っている。

仲間から大きく遅れて、渡辺が最後尾で下って来た。痛みをこらえながら、力を振り絞ってペダルを外す。破れたジャケットとビブショーツが彼を襲った出来事を物語っていた。フェンダーのマウントが、下りカーブに施された厄介な減速帯の衝撃で壊れ、リアホイールがロック。為す術が無いまま地面に放り出されたのだ。

まずは大きな怪我が無いことを確認。他のメンバーは「ほら、もう日が暮れるから早く再スタートしよう」という雰囲気。実際、太陽はすでに山の向こうに沈み、水平線に向けて真っ逆さまに沈む勢いだ。また真っ暗のライドになるのか?この先にはまだ亀石峠の下りが待っているというのに。交通量が多く、海岸線まで真っ逆さまに転げ落ちるダウンヒル。真っ暗闇のダウンヒルを望むライダーなんて一人もいない。

地面に叩き付けられた理由が理由だけに、渡辺が困惑してしまうのも無理は無い。時間をかけてバイクを調整すれば再スタートをすることも可能だが、バンに乗り込んだ渡辺は、そのまま助手席に沈み込んだ。心も身体も折れてしまっていた。こんなときには優しい言葉が一番胸を苦しめる。沈黙がその辛さを倍増させる。他の4人は後ろ髪を引かれる思いでライドを続行した。次のライドまでに強くなって戻ってくることを期待するだけ。もちろん5人で乗り続けるべきだった。

亀石峠は、取り立てて何があるわけでもない登りだった。今までの人生で指折りの単調な登り。ライド終盤で記憶が途切れ途切れだったのかも知れない。ぼんやりと覚えているのは、修善寺にあるサイクルスポーツセンターの横を通過したこと。ここに競輪学校があることはご存知の通り。現在はUCI公認の屋内板張250mトラックが建設中だと聞いている。数年後、ここに世界のトラックスターが集結するかもしれない。若い選手時代にこのサイクルスポーツセンターに何度も脚を運んだヴィンセントは、そのコースを頭に思い描きながら亀石峠を登ったはずだ。

対向車線が完全に分離され、バンク角がついたコーナーでバイクを倒し込む。海岸線まで真っ逆さまに落ちる官能的な亀石峠の下り。ヴィンセントが水を得た魚のようにコーナーを攻めていた。一旦海岸線に出ると、そこから伊東駅までは国道135号線。今回のコースで唯一フラットと呼べる区間だ。フル回転した内池の脚に助けられ、ゴールに向けて48km/hの巡航が続いた。

日が暮れ、ほぼ真っ暗な伊東駅に到着。ライダーの緊張の緩みに呼応して、冷たい雨が降り始めた。タイルが敷かれた駅近くの商店街に、街灯の光が映り込む。豚カツ屋に逃げ込んだライダーたちは、空腹感と格闘しながらメニューに目を通す。頭上に設置されたテレビが、賑やかな相撲中継を映し出している。ちょうど千秋楽。モンゴル出身の横綱、朝青龍が気迫の勝利で優勝を飾った。その後、これが彼の最後の勇姿だったことになる。

スライドショー & ショートムービー

Short film – This is a trailer for the upcoming film.

Slideshow Brian Vernor:

Slideshow Kei Tsuji:

Slideshow Shu Takenouchi:

Map:

シェアする

Got something to say?